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最高裁判所第一小法廷 昭和61年(行ツ)62号 判決 1989年9月28日

主文

原判決を破棄する。

被上告人らの本件控訴を棄却する。

控訴費用及び上告費用は被上告人らの負担とする。

理由

上告代理人苑田美穀、同秋山昭八、同斉齋藤健、同木村憲正の上告理由第三点について

一  論旨は、要するに、被上告人らが本件争議行為に参加するなどしたことが懲戒事由に該当するとしながら、上告人がこれを理由としてした本件各懲戒処分を裁量権の濫用であるとして取り消した原判決には、地方公務員法二九条一項、行政事件訴訟法三〇条の解釈適用を誤った違法がある、というのである。

よって、以下に判断する。

二  原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

1  長崎県職員組合(以下「県職組」という。)は、昭和四一年九月二〇日から二二日まで定期大会を開催し、自治労定期大会の決定に従い、人事院勧告の完全実施及び地方財源の確保等を要求して、同年一〇月二一日始業時より一時間の争議行為を行うことを決定した。これに対し、上告人は、同月一九日、県職組執行委員長らに対し文書で違法な争議行為に参加することを自重すべきことを要望し、仮にそれが実行された場合にはその責任を厳重に追及する旨の警告を発した。県職組は、同月二一日、右警告を無視して本件争議行為を実施し、その組合員約四八〇名が始業時より約一時間一斉に職務を放棄した。県職組は、本件争議行為を行うに当たり、争議行為当日は県庁本庁及び出先の総合庁舎所在地では原則として職場集会を開くが、右集会を開く庁では地区労に要請してピケッティングを行い、特定の管理職員しか入庁させないという闘争方針を立てたので、これを察知した長崎県当局は、混乱を避けるため、ピケッティングの行われることが予想される庁では、当日出勤して来る職員を庁舎外の特定の場所に集合させ、管理職員の掌握下に置くという対策を立てた。争議行為当日、県職組の立てた方針どおりピケッティングが行われた庁が多かったが、長崎県当局の講じた右対策により、ピケッティング要員との混乱は最小限度にとどまったものの、本件争議行為に参加した組合員約四八〇名のほか、約一六〇〇名の職員が出勤時刻から本来の職務に就くことができなかった。

2  被上告人本多利久は、当時、総合農林センター企画調整室農業機械化研修所に勤務し、県職組諫早支部副支部長であったが、本件争議行為に際し、他の同支部役員とともに県職組本部の指令に基づいて、県職組本部から送付された争議行為のための批准投票用紙を組合員に配付して賛否の投票をさせ、また、昭和四一年一〇月一八日から二〇日にかけて、諫早県税事務所、諫早保健所及び総合農林センターで、職員に対し本件争議行為に参加することを呼びかける趣旨の宣伝活動を行い、同月二〇日午後三時ころ、諫早保健所で職員に対し争議行為実施命令を伝達し、争議行為参加を指示した。そして、被上告人本多は、同月二一日、本件争議行為に参加し、午前八時三〇分から九時二五分まで職務を放棄して同盟罷業を行い、諫早総合庁舎前で行われた職場集会に参加した。同日、右庁舎正面玄関前でピケッティングが行われたが、被上告人本多がこれに参加したとは認められない。

3  被上告人松尾隆藤は、当時、佐々療養所医療課に勤務し、県職組北松南支部副支部長であり、同島尾保は、同療養所総務課に勤務し、同療養所分会長であった。被上告人松尾は、本件争議行為に際し、他の同支部役員とともに県職組本部の指令に基づいて、県職組本部から送付された争議行為のための批准投票用紙を組合員に配付して賛否の投票をさせた。そして、被上告人松尾及び同島尾は、昭和四一年一〇月二一日、本件争議行為に参加し、午前八時三〇分から九時二〇分まで職務を放棄して同盟罷業を行った。同日、被上告人松尾及び同島尾を含む約一〇名の右療養所職員が、出勤時刻前から右療養所正面前にたむろしており、右療養所の山崎事務長が午前八時二五分ころ、被上告人松尾及び同島尾に対し争議行為はやめて職務に就くよう説得したが、両名はこれに応じなかった。出勤時刻である午前八時三〇分ころ、右療養所正門前停留所にバスが停車し、約二〇名の職員が下車したが、そのまま正門前付近にたむろして門から中に入ろうとしなかったので、山崎事務長が正門前に赴き、たむろしている職員に対して勤務時間であるから職務に就くように指示したがこれに応ずる者はなく、管理職員を除く四一名の職員全員が勤務に就いたのは、午前九時二〇分ないし二五分ころであった。しかしながら、被上告人松尾及び同島尾らが右療養所正門前にたむろしていた行為がピケッティングであるとは認められない。

4  上告人は、被上告人らが本件争議行為に参加したことなどを理由に、被上告人本多、同松尾に対し各減給一〇分の一を一か月、同島尾に対し戒告の本件各懲戒処分を行った。上告人は、被上告人ら以外の本件争議行為参加者に対しても懲戒処分を行ったが、その処分内容は、県職組の本部役員については、本部執行委員長に対して停職三月、本部書記長、本部特別執行委員兼自治労長崎県本部執行委員長に対していずれも停職一月、長崎支部長を兼ねる本部執行委員に対して減給一〇分の一を二か月、その他の本部執行委員に対しては、本件争議行為当日にピケッティングに参加したか否かを問わず減給一〇分の一を一か月であり、支部役員については、支部三役(支部長、副支部長、書記長)の地位にあった者に対しては、原則として、減給一〇分の一を一か月、支部執行委員の地位にあった者に対しては戒告であって、その他の一般組合員で争議行為の単純参加者については、県庁本庁在勤者のみが戒告処分を受け、出先機関在勤者は、原則として訓告以下にとどめられた(出先機関在勤者でもピケッティングに参加した一般組合員は戒告処分を受けた。)。一般組合員に対する処分につき、右のような差異が生じたのは、上告人が争議行為による影響を防止するにつき特に県庁本庁を重視し、争議行為に対する警告も県庁本庁に重点を置き徹底させたのに、県庁本庁在勤者があえて右警告を無視して本件争議行為に参加したことを、上告人において重視したことによるものである。

三  原審は、右事実関係に基づき、次のとおり判断した。

1  被上告人本多、同松尾が、副支部長として県職組本部の指令に基づいて組合員に本件争議行為のための批准投票をさせるなどして、違法な本件争議行為をそそのかし、あおった行為は、地方公務員法三七条一項後段に違反し、同法二九条一項一号に該当し、また、被上告人らがした右同盟罷業は、同法三七条一項前段、三二条、三五条に違反し、同法二九条一項一、二号に該当する。

2  被上告人本多、同松尾は、いずれも前記各支部の支部三役の一員である副支部長の地位にあったとはいえ、本件争議行為当日、ピケッティングに参加したとは認められず、ピケッティング参加を除く右懲戒事由だけでは、本件争議行為の推進に果たした役割が右各支部の単なる執行委員に比して格段に高かったものとみるのは著しく合理性を欠くものである。したがって、右各支部の単なる執行委員に対する懲戒処分が戒告にとどまっていることに照らすと、上告人が被上告人本多、同松尾に対し右支部執行委員よりも重い減給処分を行ったのは、苛酷に失し、社会観念上著しく妥当を欠くものである。

3  被上告人島尾は出先機関に勤務する一般組合員であるが、同人が本件争議行為当日ピケッティングに参加したとは認められない。したがって、上告人が被上告人島尾に対し戒告処分を行ったのは、他の一般組合員との平等取扱上、著しく妥当を欠くものである。

4  よって、被上告人らに対する本件各懲戒処分は、裁量権を濫用してされた違法なものであるから取り消されるべきである。

四  しかしながら、本件各懲戒処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用してされたものであるとした原審の右判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。

1  地方公務員につき地方公務員法所定の懲戒事由がある場合に、懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは、懲戒権者の裁量にゆだねられているものと解すべきである。そして、右懲戒事由が争議行為等を禁止した同法三七条一項に違反したことを理由とするものである場合には、当該争議行為の規模、態様、その目的、これによる影響のほか、当該公務員の争議行為への関与の程度、処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を総合的に考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを、その裁量的判断により決定することができるものと解すべきである。したがって、裁判所が右の処分の適否を審査するに当たっては、懲戒権者と同一の立場に立って懲戒処分をすべきであったかどうか又はいかなる処分を選択すべきであったかについて判断し、その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法であると判断すべきものである(最高裁昭和四七年(行ツ)第五二号同五二年一二月二〇日第三小法廷判決・民集三一巻七号一一〇一頁参照)。

2  右の見地に立って、原審の確定した前記事実関係に基づき、本件各懲戒処分が社会観念上著しく妥当を欠くものと認められるかどうかについて検討する。

(一)  本件争議行為は、自治労定期大会の決定に従い、人事院勧告の完全実施及び地方財源の確保等を要求して行われた全国的規模のものであって、本件争議行為当日は、県職組の指令に基づきその組合員約四八〇名が始業時より約一時間一斉に職務を放棄し、更に、県職組の立てた方針どおりピケッティングが実施された庁が多かったため、本件争議行為に参加した組合員約四八〇名のほか、約一六〇〇名もの多数の職員が出勤時刻から本来の職務に就くことができないという由々しい事態を生じたものであり、公共性を有する県の行政機関の業務に対し重大な影響をもたらしたものとみざるを得ない。また、本件争議行為が県当局の警告を無視して行われたものであることも軽視することはできない。

(二)  被上告人本多利久は、当時、県職組諫早支部副支部長であり、本件争議行為に際し、県職組本部の指令に基づいて、県職組本部から送付された争議行為のための批准投票用紙を組合員に配付して賛否の投票をさせ、また、諫早県税事務所ほか二箇所で本件争議行為参加を呼びかける趣旨の宣伝活動を行い、更に、諫早保健所で職員に対し争議行為実施命令を伝達して争議行為参加を指示するなどしており、本件争議行為の実施に至る過程で支部三役の一員として積極的な役割を果たしたものとみるべきである。そして、同人は、本件争議行為当日、午前八時三〇分から九時二五分まで職務を放棄して同盟罷業を行い、諫早総合庁舎前で行われた職場集会に参加したのであって、同人が、右庁舎正面玄関前で行われたピケッティングそのものには加わらなかったとしても、右にみた本件争議行為の実施に至る過程で果たした積極的な役割を勘案すると、同人の本件争議行為への関与の程度が他の支部三役と比較して軽微なものであるとはいえない。

(三)  被上告人松尾隆藤は、当時、県職組北松南支部副支部長であり、同島尾保も、佐々療養所分会長であり、単なる一般組合員ではないうえ、被上告人松尾は、本件争議行為に際し、県職組本部の指令に基づいて、県職組本部から送付された争議行為のための批准投票用紙を組合員に配付して賛否の投票をさせたほか、同島尾とともに、本件争議行為当日、午前八時三〇分から九時二〇分まで職務を放棄して同盟罷業を行ったのである。更に、被上告人松尾、同島尾は、他の右療養所職員とともに、右療養所の山崎事務長の説得を無視してその日の出勤時刻前から右療養所正門前に滞留し続けたのであるが、それがピケッティングであるとまでは断定し難いとしても、これにより、出勤しようとする職員に対し平常どおりの登庁を躊躇させ得る状況を生ぜしめたことは否定し難いところであり、これを無視することはできない。これらの事実に照らすと、被上告人松尾の本件争議行為への関与の程度が、他の支部三役と比較して著しく軽微なものであるとも、また、同島尾の本件争議行為への関与の程度が、ピケッティングに参加した一般組合員と比較して軽微であるとも、一概にいい難い面がある。

(四)  以上の諸点のほか、上告人が、本件争議行為に関与した支部三役(支部長、副支部長、書記長)に対しては、原則として、減給一〇分の一を一か月の懲戒処分を行っていること、被上告人島尾に対する処分内容は戒告にとどまるものであること等に照らすと、本件各懲戒処分が社会観念上著しく妥当を欠くものとはいえず、他にこれを認めるに足る事情も見当たらない以上、本件各懲戒処分が懲戒権者にゆだねられた裁量権の範囲を超え、これを濫用したものと判断することはできないものといわなければならない。

3  以上説示したところによれば、本件各懲戒処分が社会観念上著しく妥当を欠き、懲戒権者にゆだねられた裁量権の行使を誤ったものであるとした原審の判断には、公務員に対する懲戒処分を行うに当たっての懲戒権者の裁量権に関する法令の解釈適用を誤った違法があるものといわなければならず、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は、その余の論旨について判断するまでもなく、破棄を免れない。

五  そこで、更に、被上告人らの本件各懲戒処分の取消請求について判断するに、まず、地方公務員法三七条一項が憲法二八条に違反するものでないことは、当裁判所の判例(昭和四四年(あ)第一二七五号同五一年五月二一日大法廷判決・刑集三〇巻五号一一七八頁)とするところであり、また、結社の自由及び団結権の保護に関する条約(昭和四〇年条約第七号。いわゆるILO八七号条約)は公務員の争議権を保障したものではないので、憲法九八条二項違反の主張は、その前提を欠くものというべきであるから、被上告人らの違憲主張はいずれも失当である。次に、地方公務員が争議行為を行った場合には、地方公務員法三七条一項の規定に違反するものとして同法二九条一項の規定による懲戒処分の対象とされることを免れないものと解すべきであるから、同項の規定の適用に当たり、同法三七条一項の規定により禁止される争議行為とそうでないものとの区別を設け、更に、右規定に違反し違法とされる争議行為に違法性の強いものと弱いものとの区別を設けて、右規定違反として同法二九条一項の規定により懲戒処分をすることができるのはそのうち違法性の強い争議行為に限られる旨の被上告人らの主張も失当である(前掲大法廷判決及び前掲第三小法廷判決参照)。そして、原審が適法に確定した前記事実関係の下において、被上告人らの前記各行為が懲戒事由に該当し、これを理由とする本件各懲戒処分が懲戒権の範囲を超えこれを濫用してされたものとはいえないことは、前記説示のとおりである。

したがって、本件各懲戒処分に被上告人ら主張の違法はなく、その取消しを求める被上告人らの本訴請求は、理由がないというべきであるから、被上告人らの本訴請求を棄却した第一審判決は正当であって、これに対する被上告人らの控訴は理由がないものとして、これを棄却すべきである。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 角田禮次郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 佐藤哲郎 裁判官 四ツ谷 巖 裁判官 大堀誠一)

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